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『こんせん72牛乳』の歴史
『こんせん72牛乳』は生産者と組合員がいっしょになって育てた、パルシステムのオリジナル牛乳です。1981年、「本物のおいしい牛乳を」という組合員の声から商品作りが始まりました。 30年以上の歴史があるんだよ!
1981年;パック画像 1983年;パック画像 1986年;パック画像 1987年;パック画像 1996年;パック画像
2003年10月;パック画像
1981年;初のパルシステムオリジナルの『こんせん牛乳』が誕生。
「子どもたちに本物の牛乳を飲ませたい!」
牧草を主体とした酪農スタイルに共感し、1977年から「北海道の牛乳」を供給してきたパルシステム。やがて「子どもたちに本物のおいしい牛乳を飲ませたい」という組合員の思いから、パルシステムオリジナルの牛乳開発への取り組みが始まりました。
まずは産地指定の実現―熱意が産地を動かした!
パルシステムオリジナルの牛乳の開発にあたってめざしたのは、当時市場にほとんど見られなかったパスチャライズド牛乳(63〜65℃30分間殺菌・72〜75℃15秒間殺菌・80〜85℃15秒殺菌)。そのためには良質な生乳の確保が必要でした。途中、計画が頓挫しそうになりながらも、いかに「牛乳らしい牛乳」「おいしい牛乳」がほしいかを粘り強く訴えました。その熱意が生産者の心を動かし、ついに質の高い生乳に定評のある北海道・根釧(こんせん)の産地指定を実現。1981年、ついに初のパルシステムオリジナルの牛乳『こんせん牛乳』が誕生しました。
1985年;『タオルを贈る運動』がスタート
私たちに何かできることはないか?
「良質の乳をとるには、牛の乳房を拭く清潔なタオルが大量に必要」との生産者の言葉から『タオルを贈る運動』が始まりました。現在も毎年、組合員から感謝の気持ちが込められた、たくさんのタオルとメッセージが生産者のもとに贈られています。
産地と交流を続けています。
組合員と生産者の子どもが、それぞれの自宅にホームステイする子どもツアーや酪農体験ツアーなど、さまざまな形で相互交流が行われてきました。現在は親子で参加できる酪農体験ツアーなどが行われています。
     
1987年;みんなの努力で念願のHTST殺菌に。
みんなの努力でようやく実現。『こんせん72牛乳』誕生。
産地指定が実現してからも、殺菌温度を下げることは容易ではありませんでした。牛の健康状態、牛舎や搾乳器具の衛生状態、取り扱い技術のどれひとつ不十分でも乳が汚染されてしまうため、高水準のクリーンな生乳を常に生産し続けることは、たいへんな労力が必要だったからです。生産者の努力で徐々に殺菌温度を下げていき、ついに1987年、念願の72℃15秒殺菌(HTST殺菌)が実現しました。(現在、市販の牛乳の90%以上が、大量生産に向く超高温殺菌牛乳(UHT牛乳)です。)
     
コラム
1986年、こんせんくん誕生!
1986年より、『こんせん72牛乳』のキャラクターとしてパックに登場しているこんせんくん。組合員に募集し、選ばれたキャラクターです。
こんせんくんは北海道根釧地方で生まれた子牛。つまり、こんせんくんのお母さんのお乳が『こんせん72牛乳』なのです。


おいしい牛乳を、これからもずっと
組合員と生産者との交流を続けながら、歴史を重ねてきた『こんせん72牛乳』。1996年には「注ぎにくい」「子どもには扱いにくい」という声を受けて、レンガ型(ブリックパック)のパックから、現在も使われている屋根型(ゲーブルトップ)のパックに変更。1999年には、よりしっかりとした衛生管理のためにHACCPシステムを導入。2003年10月には、パルシステムブランド・ロゴの変更に伴い、パッケージを一新。『こんせん72牛乳』の歴史はこれからも続いていきます。


コラム
こんせんくんが衣替え!?
冬になると、牛乳パックには雪が降り、こんせんくんがえりまきを巻くのをご存じでしたか?衣替えをするようになったのは、1999年のパックから。毎年1月〜2月は冬バージョンでお届けしています。また、12月・8月には工作ができるパッケージでお届けしています。


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