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掲載日:2012年10月12日

「パルシステム東北復興支援フォーラム」を開催
つなげた手は離さない―支援の継続を約束
パルシステム連合会は10月6日(土)、仙台市のハーネル仙台で「パルシステム東北復興支援フォーラムを開催しました。東北を拠点とするメーカーや生産者のみなさんを招き、講演会やパネルディスカッションを通じ、復興へ向けた現状と課題を探りました。

■復興の現在と今後の課題を共有

定員いっぱいの会場内

 パルシステム連合会は10月6日(土)、仙台市のハーネル仙台で「パルシステム東北復興支援フォーラム―明日へ帰る〜新たな協同で、新しい『明日』を取り戻す―」を開催しました。今後の課題を展望することを目的とし、東北に拠点を置く取引先、生協などから関係者111名が出席し、被災地の現状と課題、復旧や復興の進捗を共有しました。

 パネルディスカッションでの意見交換では、震災復興にあたっては、長年積み上げてきた「産直の関係が生きた」との意見が出された一方、東北の水産加工業全体の苦境や、震災直後の支援や関係が弱まりつつあるなど、厳しい現状や今後に向けた課題も提出されました。

 登壇者と発言要旨は次のとおりです(敬称略)。


【報告】

●「『再開したら出荷して』励みに」花兄園社長・大須賀木

大須賀社長

 ヒナから成鳥まで薬剤を投与しない「完全無薬」で鶏卵を生産しています。東北地方に複数の生産拠点がありましたが、震災では地震による倒壊、津波による流失、原発事故による避難、すべての被害にあいました。生産能力の6割、成鳥だけで20万羽強を失いました。従業員の被害がなかったことだけが、救いです。

 もっとも大きな被害にあったのは、福島第一原発に近い大熊町の農場で、12万羽が餓死しました。ほかにも、道路が崩落して敷地に入れなかった農場もありました。震災から1年半経ちますが、本格的な再建は土地代を除いても30億円かかり、進んでいません。

 再建が進まない大きな理由のひとつに、今年に入ってから東京電力の補償が1円も出ていないことがあります。宮城県は国と掛け合い、助成金を支払う方向で調整してもらっていますが、国が認めるかの見通しは不透明です。「完全無薬」を再び実現するにはヒナから生産しなければならず、そのための施設が必要なのです。

 パルシステムからの「生産を再開したら出荷してください」とのメッセージは、とても励みになりました。支援金は、包装物資や資材の調達に使用し、生産再開に役立ちました。これからおいしくて安心して食べられるたまごを生産し、組合員のみなさんへ届けたいと考えています。

※花兄園は、宮城県などで「産直たまご」を生産しています。


●「『待っている人がいる』で乗り越え」かね久海産専務・須田三千男

須田専務

 震災では津波で多くの製造設備が流されてしまいました。圧倒的な自然の力を前に、当初はぼう然とするしかありませんでしたが、顧客から心配する連絡がたくさん入り「楽しみに待っている人がいる。なんとかなるさ」という気持ちになりました。

 原料のわかめが流失してしまいましたが、パルシステムから「海外産のわかめを輸入し、製造は続けましょう」との話があり、従業員も乗り越えることができました。復興は海から始まっていて、新わかめの取引などで活気づいています。

 若い漁師の「津波で流されたけれど、がんばればいいさ」との言葉が、いまでも印象に残っています。パルシステムからの支援金や励ましの声は、背中を後押ししてくれました。これからも生産者と一体になって、多くのみなさんに三陸のわかめを食べてもらいたいと思います。

※かね久海産は、宮城県南三陸町でパルシステムの「三陸産わかめ」などを製造しています。


【パネルディスカッション】

●「少しずつでも『未来』見せたい」高橋徳治商店社長・高橋英雄

高橋社長

 3月30日に従業員を呼び出し、その場で全員の解雇を告げました。そのとき、みんなの首がうなだれる光景は、忘れられるものではありません。復旧へまず着手したのは、腐った魚介類3万8千t、加工品1万1千tの処分です。1回触ると4日はにおいがとれないくらい辛い環境でしたが、多くのみなさんに協力してもらいました。

 パルシステムからも多くのボランティアが復旧に訪れてくれました。近くで炊き出しをしてくれたときは、あたたかい食事をとることができました。せっかく掃除してもらった機械が修理できないと知り、落ち込んだときもありましたが、なんとか工場を再稼働させることができています。

 震災復興は「ゼロ」でなく「マイナス」からのスタートでした。それでも事業を続けようと決心したのは「未来を見せないでどうする」との思いがあるからです。辛いとき、後を振り向けばパルシステムが応援してくれています。できることから、少しずつでもやり抜くつもりです。

※高橋徳治商店は、宮城県石巻市で「えびしんじょすり身」などを製造しています。


●「『食べる力』モチベーションに」水野食品専務・水野茂

水野専務

 津波で工場が流失し、心が打ちひしがれているとき「製品を待っています」という言葉に励まされました。おかげで予想以上に早く、工場を再開することができました。近隣の同業者からは「再開して製品を作っても注文がない」との声も聞こえ、悲惨な状況です。「作る力」があっても「食べる力」が不足しているのです。

 パルシステムの「東北復興支援」企画や届けられる励ましの声などは、本当に力になります。作りがいのある商品が多く、モチベーションにもなっています。「恩を返す」とか「社会に貢献する」という大きな目標がないと、挫折しそうになるのです。

 来年秋には新工場も完成し、生産能力も大幅に増えます。元に戻るのでなく、組合員のみなさんに商品を通して「うれしさ」や「幸せ」が届けられるような企業にしていきたいと考えています。

※水野食品は、宮城県石巻市で「銀だら西京漬」などを製造しています。


●「これまでの取り組みに確信」ポークランドグループ代表・豊下勝彦

豊下代表

 津波などにより飼料コンビナートが被害を受けたことで、東北地方の畜産生産者はえさ不足との戦いを強いられました。秋田県は直接的な被害が少なく自治体の動きも鈍かったですが、どこよりも早く支援に動いてくれたのがパルシステムで、不足していた車両や燃料を手配してくれました。

 「日本のこめ豚」やアニマルウェルフェアといった挑戦をパルシステムと進めたことも、震災を乗り切る要因となりました。えさ不足は飼料米でカバーでき、アニマルウェルフェアの畜舎で育った豚は、えさ不足後の回復も早かったのです。

 2011年の経験で、これまでの取り組みに確証を得ることができました。今後は、こうした取り組みをさらに広げていきたいと考えています。

※ポークランドグループは、秋田県鹿角市などで「日本のこめ豚」などを生産しています。


●「伝える場ありがたい」JAみどりの営農部長・伊藤成公

伊藤部長

 2011年は無我夢中で過ごし、2012年は放射能対策が懸案となっていました。パルシステムでは、早期に自主基準を定め、お米の場合は1kg当たり10ベクレルという数値を決めました。当初は戸惑いもありましたが、支援金などを活用し、放射性セシウムを吸収しにくくする効果のある燃焼灰鶏ふんなどをほ場に施肥することを決めました。

 土壌の検査は、実施した85カ所すべてで不検出となっています。検査を実施すること自体は簡単ですが、それに至るまでは何度も生産者を訪れ、理解してもらわなければなりません。事前にめざす数値があったから、できたことだと思っています。

 5月の予約登録米受付前は、パルシステムの配送センターへ学習会の講師として職員を派遣しました。その結果、想像以上の注文をもらっています。生産者が職員へ、職員が組合員へと、伝える場所があることは、ありがたいことです。これからもより安全な米作りに取り組みたいと考えています。

※JAみどりのは、宮城県大崎市などで産直米などを生産しています。


●「早期の事業再開果たせた」マルダイ長沼社長・長沼金彌

長沼社長

 震災当日は、めかぶも第1回の入札日で、収穫直後の原料が津波で流されてしまいました。会社としても12億円以上の被害額となっています。復興計画も定まらず船も設備もないなかでしたが、今年3月にはめかぶを収穫することができました。

 「再開したら商品を扱わせてほしい」というパルシステムの姿勢のおかげで、早期の事業再開を果たすことができました。ほかの業者はこれから再開へ準備を始めるという状況です。原料不足や人手不足、国内の消費者の魚食離れなど課題も多く、先行きは不透明ですが、ひとつずつ克服していきたいと考えています。

※マルダイ長沼は、宮城県石巻市などで「宮城県産冷凍めかぶ」などを製造しています。


●「話し聞き重み感じた」パルシステム神奈川ゆめコープ理事長・吉中由紀

吉中理事長

 職員を対象にした予約登録米学習会では、JAみどりのをはじめ産直産地から直接話が聞けたことで「商品以上の重さを感じます」「背景や思いを伝えたいです」という感想がありました。今後も機会を増やしたいと考えています。

 炊き出しや復旧作業には、生協として組合員を派遣することはできませんでした。もどかしさを感じた人もいるかもしれませんが、多くの組合員は別の自分のできることをそれぞれの場で活動していることを報告しておきます。

 震災は、困っている人を見て「なにかできないか」という組合員の力を感じた機会でもありました。


●「さらに踏み込んだ関係を」パルシステム連合会常務・原秀一

原常務

 震災直後は商品の確保が心配されましたが、燃料や車両などが不足するなかでも次々と届けられてきました。これまでの産直産地、メーカーのみなさんとのつながりがあったからだと、感謝しています。

 その後、役職員が手分けして被災した65の取引先を訪問しました。このときに聞けた言葉が、現在の「震災復興基金」の枠組みに反映されています。震災で強まったつながりは、今後のパルシステムにも影響してくれると信じています。これからさらに踏み込んで、深い関係を築いていきましょう。


●パルシステムの復興支援

 発災から1年半が経過した東日本大震災は、産直産地やメーカーにも多大な影響を与えています。

 パルシステムグループは震災直後から、被災地の救援、復旧支援にいち早く取り組んできました。現在も震災復興基金の助成をはじめ、商品利用を通じた復興支援企画「東北復興支援」を継続するなど、被災生産者やメーカーの事業再生を積極的に取り組み、さまざまな被災地域再生の活動を展開しています。


パルシステムの震災復興支援




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